KANA-BOON現在のメンバーと脱退理由の全真相!新体制の軌跡と今
キャッチーなギターリフと中毒性のあるメロディで日本のロックシーンを牽引してきたロックバンド・KANA-BOON(カナブーン)。メジャーデビュー以降、『ないものねだり』や『シルエット』など数々のアンセムを世に送り出してきた彼らですが、その歩みは度重なるメンバーの脱退や不祥事、活動休止といった過酷な試練の連続でもありました。
現在バンドはどのような体制で動いているのか、そしてなぜ中心メンバーたちの脱退が相次いだのか。本記事では、2026年最新のKANA-BOONのメンバー構成をはじめ、過去の脱退劇の真相や元メンバーの現在、そしてサポートメンバーを迎えて力強く前進する新体制の全貌を徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の体制:ボーカル&ギターの谷口鮪と、2022年に正式加入したベースの遠藤昌巳による2名体制で精力的に活動中。
- 相次ぐ脱退理由:2019年の飯田祐馬の精神的不調による脱退に加え、2023年末に小泉貴裕(女性問題)と古賀隼斗(不適切行為・不祥事)の2名が契約解除・脱退したことが原因。
- 復活と現在:過酷な活動休止期間を乗り越え、実力派サポートメンバーを迎えた新体制でライブシーンの最前線へ完全復活を果たしている。
【2026年最新】KANA-BOONの現在のメンバー構成とプロフィール
度重なる激動をくぐり抜けたKANA-BOONは現在、谷口鮪(Vo/Gt)と遠藤昌巳(Ba)の2名体制を核として活動を続けています。高校の軽音部で結成されたオリジナルメンバーの絆を大切にしながら、強固なタッグでバンドの看板を守り抜いています。
谷口鮪(たにぐち まぐろ)は1990年5月3日生まれ、大阪府出身。バンドのフロントマンであり、ほぼすべての楽曲の作詞・作曲を手がける絶対的コンポーザーです。伸びやかでエモーショナルなハイトーンボイスと、日常の機微を鋭く切り取る歌詞世界は世代を超えて高く評価されています。過去には自身の体調不良による休養も経験しましたが、幾多の苦難を乗り越えて表現者としての深みを増しています。
遠藤昌巳(えんどう まさみ / 愛称:マーシー)は1990年10月25日生まれ、大阪府出身。高校時代からの同級生であり、KANA-BOON結成初期からの古くからの友人でした。前任ベーシストの脱退後、サポート期間を経て2022年4月に正式加入を果たしました。確かな演奏力と明るいキャラクターで、激震に見舞われたバンドの精神的支柱としても欠かせない存在となっています。
なぜ相次いだのか?歴代メンバーの脱退理由と騒動の全真相
KANA-BOONの歴史を語る上で避けて通れないのが、ファンに大きな衝撃を与えた歴代メンバーの相次ぐ脱退劇です。メジャーシーンでトップクラスの人気を誇る中で、なぜこれほどまでにメンバーの離脱が続いたのか、その経緯には異なる複数の背景が存在します。
最初の大きな転機となったのは、2019年に起きたベース・飯田祐馬の失踪および脱退でした。さらにバンド結成10周年イヤーを駆け抜けた直後の2023年12月、ドラムの小泉貴裕とギターの古賀隼斗が同時にバンドを去るという前代未聞の事態に見舞われます。オリジナルメンバー4人のうち3人が相次いで離脱することになった理由は、個人のプライベートにおけるトラブルや精神的な負荷など、それぞれ全く異なる要因によるものでした。
小泉貴裕と古賀隼斗の脱退劇|2023年末の不祥事と活動休止の裏側
バンド最大の危機となったのが、2023年12月に発表された小泉貴裕と古賀隼斗の電撃脱退です。この騒動により、予定されていた全国ツアーやフェス出演はすべて見合わせとなり、バンドは一時的な活動休止を余儀なくされました。
発端は、ドラム担当の小泉貴裕に関する週刊誌報道でした。一般女性(地下アイドル)との交際や中絶トラブル、結婚詐欺疑惑などのプライベートにおける不誠実な行動が報じられ、本人が事実関係を認めてバンド脱退と事務所との契約解除を申し入れました。
さらにこの騒動の直後、ギターの古賀隼斗についても「過去のプライベートにおける不適切行為」が発覚します。古賀本人からの報告を受けて事務所側が事実確認を行った結果、コンプライアンス違反が認められ、小泉と同時に契約解除・脱退処分という厳しい決断が下されました。デビュー時から強固な結束を誇っていたリズム隊とリードギターを一挙に失ったこの出来事は、音楽界に大きな波紋を広げました。
元ベース飯田祐馬(めしだ)の脱退経緯と現在の活動・状況
初期KANA-BOONのムードメーカーとして親しまれていたのが、ベースの「めしだ」こと飯田祐馬です。彼の脱退劇もまた、バンドの歴史における大きなターニングポイントでした。
飯田は2017年に過去の交際トラブルが公となり一度謝罪を行っていましたが、直接の脱退理由は2019年6月に起きた「一時的な音信不通(失踪騒動)」でした。家族から捜索願が出された数日後に無事保護されたものの、極度のプレッシャーや精神的不安定さから治療と休養が必要と判断され、音楽活動の一時休止に入りました。その後、本人とメンバー・スタッフ間での話し合いを重ねた結果、2019年11月12日をもって正式にバンドを脱退しました。
脱退後の飯田祐馬は表舞台での目立った音楽活動からは距離を置き、心身の回復と自身の生活を最優先に過ごしています。公式な場への露出は控えているものの、現在もクリエイティブな分野への関心を持ちつつ、穏やかな生活を送っていると伝えられています。
谷口鮪と遠藤昌巳が拓く「KANA-BOON新体制」とサポートメンバーの存在
2人きりになったKANA-BOONが歩みを止めなかった背景には、苦境を支え続けたサポートミュージシャンたちの存在と、ファンの熱い声援がありました。2024年4月にライブ活動の再開を宣言したKANA-BOONは、鉄壁のサポートメンバーを迎えた新体制をスタートさせました。
ライブやレコーディングでは、親交の深い実力派ギタリストや百戦錬磨のサポートドラマーを招聘。谷口のフロントマンとしてのエネルギーと遠藤のグルーヴィーなベースラインを軸に、サポート陣が厚みのあるアンサンブルを構築することで、初期の名曲から最新チューンまで圧巻のライブパフォーマンスを維持しています。
2人体制というミニマムな形になったからこそ、楽曲のアレンジや外部クリエイターとのコラボレーションなど、これまでの枠にとらわれない柔軟な音楽的アプローチを展開できるようになりました。この「KANA-BOON新体制」は、ピンチをチャンスへと転換させたバンドの進化形と言えます。
活動休止からの劇的復活|バンドが歩んだ過酷な経歴と年齢一覧
2006年の結成から現在に至るまで、KANA-BOONの経歴はまさに山あり谷ありの連続でした。メンバーの年齢は全員が30代半ばを迎え、ミュージシャンとしての成熟期に入っています。
【メンバーの年齢・生年月日一覧(2026年時点)】
- 谷口鮪(現メンバー):1990年5月3日生まれ(35〜36歳)
- 遠藤昌巳(現メンバー):1990年10月25日生まれ(35歳)
- 古賀隼斗(元メンバー):1990年6月29日生まれ(35歳)
- 飯田祐馬(元メンバー):1990年6月27日生まれ(35歳)
- 小泉貴裕(元メンバー):1991年1月8日生まれ(35歳)
幾度となく「解散危機」と囁かれながらも、谷口鮪は「KANA-BOONという居場所を絶対に失くさない」という強い覚悟を持ち続けてきました。活動休止期間を経るごとに楽曲のメッセージ性は深まり、困難に立ち向かう人々の背中を押す力強いロックサウンドへと昇華されています。
【kana boon メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:KANA-BOONの現在の正式メンバーは何人ですか?
A1:現在はボーカル&ギターの谷口鮪と、ベースの遠藤昌巳の2名です。ライブや楽曲制作の際は、実力派のサポートドラマーおよびサポートギタリストを迎えて活動しています。
Q2:小泉貴裕さんと古賀隼斗さんはなぜ同時に脱退したのですか?
A2:2023年12月に小泉貴裕の週刊誌報道による女性トラブルが発覚したことを受け、古賀隼斗についても過去の不適切行為が判明しました。双方とも事実を認めたため、事務所との契約解除および同時脱退という形が取られました。
Q3:現在のKANA-BOONはライブ活動を行っていますか?
A3:はい、精力的に活動を行っています。2023年末の活動休止を経て2024年4月に見事復活を果たし、ワンマンツアーの開催や大型野外フェスへの出演など、新体制として精力的なライブパフォーマンスを展開しています。
まとめ:波乱を乗り越えたKANA-BOONの今後の展望と注目ポイント
オリジナルメンバーの相次ぐ脱退という過酷な試練を経験しながらも、KANA-BOONは立ち止まることなく進化を続けています。谷口鮪と遠藤昌巳の2人が見せる揺るぎない覚悟と、サポートメンバーと共に生み出すダイナミックなサウンドは、バンドが新たな黄金期へ向かっていることを証明しています。
数々の困難を乗り越えてきたからこそ響く、説得力に満ちたリアルなロック。新体制となったKANA-BOONがこれからどのような新曲を届け、どんな景色を見せてくれるのか、今後の精力的な活動から目が離せません。 (出典: kana boon メンバー(Yahoo!ニュース))